« 桜の古都巡り*京都観光旅行記4-7 | トップページ | 冬の群馬*雪煙と湯煙旅 レイアウトの崩れを修正 »

桜の古都巡り*京都観光旅行記4-8

 東寺と言えば五重塔。
 新幹線で京都に着くときに見えるあれだ。
 だから東寺餅を買った後、どちらに向かって歩くかは上を見上げれば判った。あの五重塔の方角に。

 拝観時間はこの季節は5時半までだったが、どちらにせよ5時には京都駅の平林亭という豆腐料理屋に移動しなくてはならない。
 またタクシーを使うとして移動時間はさほど掛からないだろうから、東寺で過ごせる時間は約1時間。

 大きな寺社なので東側の入口である慶賀門から入るとまず広い駐車場がある。
 拝観料を払わなくてはこの先は入れないが、駐車場側からでも五重塔と桜の見事さがわかる。午前中は晴れていた春の空だがいつの間にか日は陰って午後はむしろ雲が多く、夕方に差し掛かってからはかなりどんよりとしていた。しかも既に午後4時をまわって、たとえ太陽が出ていたとしても光を弱めつつある時刻。
 晴れていたらそれはそれは綺麗だっただろう、全ての色彩が鮮やかで。
 しかし重苦しい雲に一面おおわれた空もまた、迫力ある陰影を作り出している。

 東寺はまたの名を教王護国寺と言う。
 大原三千院の項で書いたが、日本史の授業では密教伝来に関して日本仏教界屈指の双璧は最澄と空海であり、三千院は最澄ゆかりの寺院であったが、東寺は空海ゆかりの寺院である。
 空海は別名弘法大師。全国の逸話にその名を残す。特に温泉発見がらみの伝承が半端なく多い。
 授業では最澄は天台宗・比叡山延暦寺、空海は真言宗・高野山金剛峰寺と覚えるが、本によっては高野山金剛峰寺と東寺を併記しているものも有り、金剛峰寺と東寺はどちらも真言宗の中心ともいうべき寺となっている。
 空海入定後争いもあり、最終的には東寺が本寺、金剛峰寺が末寺と決まり東寺が実権を握った。

 そもそも日本の歴史を紐解くと、当時の朝廷は唐の都長安をモデルに奈良に碁盤の目の区画を敷いて平城京を建てたものの、都を守護するはずの仏教の力が強くなりすぎたことが、わずか10年の長岡京、そしてその後千年の京都平安京への遷都の大きな原因のひとつとなった。
 そのため平安京は碁盤の目の都市計画は踏襲しつつも、平城京と同じ轍を踏まぬよう多くの宗教施設を都の周囲、内裏の外に配置した。

続きを読む 桜の古都巡り*京都観光旅行記4-8

|

« 桜の古都巡り*京都観光旅行記4-7 | トップページ | 冬の群馬*雪煙と湯煙旅 レイアウトの崩れを修正 »

子連れお出かけ」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

旅行記」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

更新情報」カテゴリの記事